活動のきっかけとなった「紙」のはなし

・そのきっかけに関係する紙とは?

そのような中で1999年1月に施設を訪れたときに、これまで以上のオランウータンが約1m×1m×1.2mほどのゲージの中にさまざまな大きさのオランウータンが保護されていました。

聞けば、山火事で森を追われ、行き場を無くしたオランウータンがこのセンターに連れてこられて、保護しているんだということでした。

この山火事をきっかけにオランウータンリハビリセンターの拡大のために組織がかわり、保護施設の場所も変わりました。

当時いたオランダ人の林業省のアドバイザーのスミス氏がベアトリクス女王に協力の申し入れ支援を得て、近隣ヨーロッパ諸国の支援の要請をして10か国からの支援体制ができました。

その時に日本ないからあなた日本で作ってくれないかと要請をされました。自分には他の仕事もあるので、そこまでできないと考えてお断りし続けていたのですが、2002年に要請を受け入れ2003年にNPOボルネオオランウータンサバイバルファウンデーション日本を設立しました。

・その「紙」にまつわるエピソードは?

BOS日本の代表としての任命書を現地団体から受け取りました。あなたはこれまでオランウータンの支援を続けてくれたんだから、これからも引き続きオランウータンの支援をしてほしいとオランウータンの保護施設の設立時からの代表ピーターカルソノ氏に出会うたびに熱心に口説かれて、オランウータンの支援活動について何の構想も展望もなく受け入れてしまいました。そして、2003年6月3日に正式に日本の特定非営利活動法人として登記設立をし、今日まで13年あまり支援活動を続けています。

(FM東京2015年11月13日放送 Love Tree未来の杜より)

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