人間は一番偉大な自然である

西洋の思想は基本的に「自然」と「人間」を区別して考えてきました。現代ではもはや遅れた思想の持ち主といわれまますが、この文明の発達を「人間が自然を征服することである」と考えておりました。

この考え方は間違っていることをトインビーという世界の歴史学者などがさまざまな立場から立証しています。東洋では自然と人間を一貫して考えています。仏教の教えに「山川草木国土悉皆成仏」とあるようにすべてが神仏という考えがあります。

この地球上のすべてのものが神様の創造物で尊い存在であるというこの思想が基本にあれば地球環境の問題は解決できます。しかし、人間同士でさえ人種や宗教の違いで差別して争い調和できない状況にあります。

すべての人間が安心、安全な平和な社会を望むなら「山川草木国土悉皆成仏」という基本的な思想を持つことが不可欠です。この基本的な思想があれば、経済活動のために熱帯雨林を破壊して、オランウータンを追い出して平気でいられることはない。地球市民みんながこの思想のもとに生きることを選択すれば平和な世界が実現できる。

絶滅危機のオランウータンの支援を続けながらこんなことを教えられました。

オランウータンの教え

昨年のFM東京の番組で「LOVE TREE}未来の杜で

OUmombaby2 ・どのようにして今の活動に携わるようになったのか?
◆背景
 前職で森林伐採現場の責任者として働いていたときに、ジープで巡視中に切り倒された木の上に親子のオランウータンがいました。
ジープが通りかかれば普通の動物は逃げて行きますが、その時のオランウータンは逃げないで、わたしを憐みの眼でじっと見て、「あなた方人間はこんなことをして、いつまでも続かないことを悟らないと」と言っているようでした。
※オランウータンから頂いた初めてのメッセージです。
この時は29歳ですが、その後も前職を1989年に退職して独立するまで、13年余り続けていたのですが、このメッセージは心のどこかにいつも残っていました。
(2015年11月13日放送)
オランウータン画像①

今後の活動はどのようにしてゆくのか?

今後、オランウータンを救うためにどんな活動をしていこうとしているか

「人は何事も知らなければ行動できない」ので、やはり如何に多くの人たちに、私たち人間の経済的な欲望がオランウータン達の生活を壊してこの惨状を招いている問題を如何に伝えるかだと思っています。

現地の人達も無料でボランティアとして活動することはできないので、彼らの活動を経済的に支援することしかできませんので、より多くの支援金を集めさせていただいて現地に届けることがまずは必要だと思います。

もうひとつ、自律的な活動にできるように山火事跡地に植林する樹種にポンガミアという燃料油を供給してくれる樹種の植林を計画しています。この種子が採取できるようになると彼らの収入機会をつくることにつながり、その種子を自家発電の燃料に使うようにすれば他から化石燃料を購入する必要もなく、運営上も貢献できるようになると考えています。

今後、現地で見ていただけるようにツアーの機会を増やしたり、オランウータンの支援活動DVDの上映会やセミナーなども定期的に出来るようにしたいと願っています。

・ラジオを聴いているリスナーが今できることってなんでしょうか?

直接的にはBOSジャパンの活動支援をお願いしたいですが、自分の日常活動の中でできれば、「オランウータンに関するイベント」に取り組んで頂ければと願っています。

もうひつとは、パパームオイルの農園開発の為にオランウータンの住処の森が消えています。日常の生活でパームオイルはさまざまな分野で使用されています。

お菓子、スナック、パン、化粧品、シャンプー、揚げ物の油、マーガリン、ペンキなどですが、パームオイルを使用しているこれらの商品はオランウータンの危機的な状況にもつながっていることもイメージして大切に使っていただきたいと思っています。

MINOLTA DIGITAL CAMERA
MINOLTA DIGITAL CAMERA

パームオイル農家でとらえられていたオランウータン

 

感動した小学生からの手紙

感動させた小学生の手紙について

 

・子供たちの感想の中で、特に印象にのこっている部分

これまで何通かの子供さんからのお手紙をいただいていますが、子どもならではの素直な感性あふれる内容で「頑張らねば」と気持ちを新たにさせられます。

今日お持ちしたお手紙は、かなり以前に長崎大学の教育学部付属小学校で初等教育研究会の発表会として行われた参観授業で150名の先生が参加されて行われた授業でオランウータンの紹介のDVDを鑑賞したあとの子供たちの声を届けていただいたものです。

5,6年生の16名からの内容で、「オランウータンと森の未来を守るために」というテーマで書いていただきました。

印象に残っているところは、それぞれに現状の森の破壊やオランウータンの悲劇、人間の在り方など的確にとらえて、将来大人になってからの活動に夢につなげて書いてくれているところが素晴らしいと感じました。

・日本の子供たち(大人も)に何を知ってほしいか、どう関わってほしいか

子供たちには、オランウータンの悲劇の現状を通じて、現実に起こっている地球環境の破壊の問題について知ってほしいと思っています。

そして、それぞれの子供たちが自分の将来に果たしたい役割を見つけてくれることを願っています。

Orangutan2_468x619オランウータン画像①

オランウータンの支援活動を始めたころの苦労話など

・はじめたころの苦労話など

わたしたち人間のエゴにより、劇的に減少を続ける熱帯雨林をこれ以上減らないようにしたい、「熱帯雨林を保護し、植林により再生をしたい」という想いがあります。オランウータンはその被害者の象徴的な存在なので、より多くの皆さんに気づいてほしいと願い活動を始めました。

もともと自分の身の丈にあった支援しようと思って、2003年にNPOを設立しました。専従的な人材を投入して寄付をしていただける方や企業を募りましたが、力及ばず、あまり多くの支援を頂くことが出来ませんでした。

支援が少ない中で専従のスタッフも維持できない状態になりながらも今日まで13年余り続けてこられたのは、結果的には多くの皆様のご支援を頂けたおかげだと思っています。

この活動の背景には、昔自分がサラリーマン時代にオランウータンの住処の熱帯雨林を伐採して彼らを追い出してしまったという後悔の念があります。ですから、この活動で苦労を感じることはありませんでした。

ただ、オランウータンを追い詰めた経済優先の人間活動の代償として、オランウータンが追いつめられていることを継続的に正しく伝えることの難しさを感じ続けています。

・BOS日本がどんな活動をしているのか

現在14か国にあるインドネシアの世界最大の霊長類・オランウータンの保護団体を支援する団体のひとつです。一言でいえば「オランウータンの現状を日本国内で伝えて、支援者を増やし、寄付金をいただいてインドネシアの本部に資金提供をする活動」です。

オランウータンについての情報発信をして、啓蒙活動をするにも人材不足や継続的に参加してくれるボランティアの確保など難しい点があります。

他には、身近に知っていただくためにリハビリセンター現地訪問ツアーを原則的に年に一度ぐらいンペースで実行しています。実際に現場を訪問して、身近にオランウータンをみて感じていただく他では得られない機会なのでもっと回数をふやしてゆきたいと願っています。

現地の状況報告を適宜伝えて、日本の皆さんに一人でも多くの理解者、支援者を獲得するように努めています。

オランウータンは彼らの生活の中で熱帯雨林の植生の適正分布にも貢献して、生物多様性の維持に大きな貢献をしています。地球生命の原点のような問題ですので、若い方に引き継いでもっと力強い活動にできることを 願っています。

 

サンボジャのオランウータン2013年11月サンボジャのオランウータン2013年11月

活動のきっかけとなった「紙」のはなし

・そのきっかけに関係する紙とは?

そのような中で1999年1月に施設を訪れたときに、これまで以上のオランウータンが約1m×1m×1.2mほどのゲージの中にさまざまな大きさのオランウータンが保護されていました。

聞けば、山火事で森を追われ、行き場を無くしたオランウータンがこのセンターに連れてこられて、保護しているんだということでした。

この山火事をきっかけにオランウータンリハビリセンターの拡大のために組織がかわり、保護施設の場所も変わりました。

当時いたオランダ人の林業省のアドバイザーのスミス氏がベアトリクス女王に協力の申し入れ支援を得て、近隣ヨーロッパ諸国の支援の要請をして10か国からの支援体制ができました。

その時に日本ないからあなた日本で作ってくれないかと要請をされました。自分には他の仕事もあるので、そこまでできないと考えてお断りし続けていたのですが、2002年に要請を受け入れ2003年にNPOボルネオオランウータンサバイバルファウンデーション日本を設立しました。

・その「紙」にまつわるエピソードは?

BOS日本の代表としての任命書を現地団体から受け取りました。あなたはこれまでオランウータンの支援を続けてくれたんだから、これからも引き続きオランウータンの支援をしてほしいとオランウータンの保護施設の設立時からの代表ピーターカルソノ氏に出会うたびに熱心に口説かれて、オランウータンの支援活動について何の構想も展望もなく受け入れてしまいました。そして、2003年6月3日に正式に日本の特定非営利活動法人として登記設立をし、今日まで13年あまり支援活動を続けています。

(FM東京2015年11月13日放送 Love Tree未来の杜より)

オランウータン支援のきっかけは?

◆活動のきっかけ

独立した時は、これからの人生「木材」や「林業」にかかわる仕事じゃない分野で活動したいと考えて、人の健康に役立つ仕事として「観葉植物」や「自然由来のサプリメント」の販売を行っていました。7年目の1996年に以前のインドネシアの合弁会社の社長から電話で「インドネシアに遊びにこないか」とお誘いをいただきました。

その時にインドネシア東カリマンタン州のバリックパパン市郊外にあるオランウータンのリハビリセンターに案内されました。

「オランウータンのリハビリセンター」というものがどのようなものなのか全くイメージができませんでした。

そこはインターナショナルハイスクールの子供たちが街でペットとして売られている子供のオランウータンをみて「かわいそうだから森に返してあげようよ」と先生に話、その後父兄と先生が中心になって林業省と交渉し、地元の企業から資金的な支援をもらって開設した「オランウータンを自然復帰させるための保護施設でした。

この時感じたのは

森を壊して、オランウータンを追い出した自分は何もしていないのに、オランウータンの加害者でない「子供たち」がこのような活動をしている。ひとりの大人として恥ずかしい想いがしました。

何か自分にできることはないかと考えて、

何がたいへんですか?

と責任者の方に聞いたとき、運営資金の獲得がたいへんだということを聞きました。

それ以来、自分にできる範囲の支援をしようと想い、年に2回ほどお金をもって現地を訪問していました。この活動を振り返れば20年続けています。

(FM東京 2015年11月13日 放送 Love Tree 未来の杜より)

PLAZA CREATE Digital Camera
PLAZA CREATE Digital Camera

東京FMの番組~Love Tree~未来の杜~出演のトークから

・どのようにして今の活動に携わるようになったのか?

◆背景

前職で森林伐採現場の責任者として働いていたときに、ジープで巡視中に切り倒された木の上に親子のオランウータンがいました。

ジープが通りかかれば普通の動物は逃げて行きますが、その時のオランウータンは逃げないで、わたしを憐みの眼でじっと見て、「あなた方人間はこんなことをして、いつまでも続かないことを悟らないと」と言っているようでした。

※オランウータンから頂いた初めてのメッセージです。

この時は29歳ですが、その後も前職を1989年に退職して独立するまで、13年余り続けていたのですが、このメッセージは心のどこかにいつも残っていました。

2015年11月13日放送分から

OUmombaby2

読売テレビ かんさい情報ネット  オランウータンについて放映

2016年1月6日読売テレビの「かんさい情報ネット」という番組のなかで「からくり×タカオカ目線」「インドネシアSP」として放映されました。

昨年12月に現地取材をされて、世界が注目するインドネシアのアニマルマーケットに潜入、アニマルマーケットには色々な動物がいる様子が伝えられた。ただ裏では違法取引があり、代表的なものがオランウータンの密輸だと伝えた。

国連の世界自然保護連合(IUCN)で絶滅危惧種に指定されているオランウータンですが今なお、ペットとして取引がされている事実を伝えて、保護活動の大切さが多くの視聴者の皆さんに伝わることを願っています。