第14期 2016BOS日本活動報告ができました

1996年から支援活動を初めて20年、2003年6月に日本のNPO法人として、ボルネオオランウータンサバイバルファウンデーション日本(BOS日本)を設立して14年目を迎えております。活動できる人材が少なく、また活動資金が少ない中で、十分な活動ができないことは残念ではありますが、長い期間活動を続けてこられていることに、皆様に心より感謝を申し上げます。

オランウータンの生存環境は、地球全体の自然環境の劣化と温暖化の進行による気候変動そして一番大きな天敵「人間」の活動により、住処を奪われて追い出され、食糧を求めてさまよえば捕まえられ、傷つけられ、時には命を奪われています。

生存できる天然林の減少と果実類の少ない森になってしまうなどいつも生命の危機と隣り合わせで生きています。私たち人間にとっても生命を繋いでゆくために不可欠な熱帯雨林の多様性を維持してきてくれた「オランウータン」を自分のできる範囲で守ってゆきたいと願って活動しています。

小さな力ですが「オランウータンの生命を守ってゆきたい」との願いだけで取り組んでおります。オランウータンの生命を守ることは、私たち人間の未来の生命を守ることです。この報告書は日頃ご支援をいただいています皆様への報告でありますと同時に、ひとりでも多くの皆様に知っていただきたいとの想いで制作いたしました。

平和で安心安全な地球環境を次世代に引き継ぐための活動だと考え取り組んでおります。このような活動に目を向けていただき、より多くのみなさまにご参加・ご支援をしていただければと願っています。~明るい地球の明日のために~

2016年版BOS日本活動報告※ご希望はinfo@bos-japan.jp までお申込みを(無料)

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みんなでオランウータンを森のおうちへ

現在では世界でもインドネシアのカリマンタン島とスマトラ島そしてマレーシアのボルネオ島にしか生息しない、絶滅危惧種のオランウータンを守る新しい取り組みが始まります。

世界的にも環境認識の高い企業では保護活動に取り組みが進んでいますが今回インドネシア法人アジアパルプ&ペーパー株式会社の日本での「紙」製品の販売を行っているエイピーピージャパン(株)の新たな取り組みが始まります。

同社が日本販売するコピー用紙に「みんなの紙で、地球にいいこと」のキャッチフレーズと「森のお友達を森のおうちに」とオランウータンのイラストを入れたマークをコピー用紙の包装紙に印刷した販売が始まります。

日本では意外に知られていない、私たち人間に一番近い類人猿の1種である「オランウータン」をより多くの皆さんに興味と認識を高めていただくという啓蒙活動につながります。このことにより、ひいてはオランウータンの保護活動を後押することにつながるものと期待しています。

同社ではこの取り組み以外にもオランウータンの自然復帰の活動への資金的な支援も実施していただいています。

インドネシアやマレーシアの天然林を伐採して、オランウータンを追い出し直接的な加害者である日本企業が見て見ぬふりをしている中、直接の加害者ではないAPPJ社が積極的に取り組んでいただけることに心より感謝しています。

せっかくの機会ですので皆様もコピー用紙の購入する機会にAPPJ社のポピー用紙を選択して、オランウータンの保護支援、ひいては子供たちの未来の地球環境の保全に役立つ行動をしていただけることを願っています。感謝!!bosキヤンペーン-0001 (2) bosキヤンペーン-000110

オランウータンリハビリセンターの山火事あとの植林

オランウータンの森2 (1)

PLAZA CREATE Digital Camera
PLAZA CREATE Digital Camera

 

火災後の草原から15年余りかかって育ってきた2次林が今回の森林火災でほとんどが枯れて無残な姿になっていました。

今年の1月に昨年の山火事被害の森を訪問してひとりで50本の植林を行いましたが、その時に現場の人から被害を受けた面積が約300㌶あり、地元のコカコーラなど企業や団体からの寄付はあるけれどまだまだ全然足りない状況であることお金を出してもらったり、苗木を寄付してもらっても植林のために労働者を確保できないことも問題なんだと教えられました。サンボジャレスタリ・リハビリセンターには約200人の人たちが働いていますがそれぞれが役割があり、山火事後の植林という非日常的な活動には参加できないということでした。

オランウータンの森2 (2)

そこで4月には私を含めて三名の日本人で200本の植林を実行してきました。植林した植林した樹種は、果物のなる「ドリアン」、「ランブータン」そして将来森の主木に育つ「赤メランティー」、「カポール」、「イエローメランティー」の5種類を混植してきました。早く大きくなって実をつけてオランウータンの食事になってくれることをねがっています。

ランブータン マンゴスチンの樹  カポールイエローメランティー

今後の活動はどのようにしてゆくのか?

今後、オランウータンを救うためにどんな活動をしていこうとしているか

「人は何事も知らなければ行動できない」ので、やはり如何に多くの人たちに、私たち人間の経済的な欲望がオランウータン達の生活を壊してこの惨状を招いている問題を如何に伝えるかだと思っています。

現地の人達も無料でボランティアとして活動することはできないので、彼らの活動を経済的に支援することしかできませんので、より多くの支援金を集めさせていただいて現地に届けることがまずは必要だと思います。

もうひとつ、自律的な活動にできるように山火事跡地に植林する樹種にポンガミアという燃料油を供給してくれる樹種の植林を計画しています。この種子が採取できるようになると彼らの収入機会をつくることにつながり、その種子を自家発電の燃料に使うようにすれば他から化石燃料を購入する必要もなく、運営上も貢献できるようになると考えています。

今後、現地で見ていただけるようにツアーの機会を増やしたり、オランウータンの支援活動DVDの上映会やセミナーなども定期的に出来るようにしたいと願っています。

・ラジオを聴いているリスナーが今できることってなんでしょうか?

直接的にはBOSジャパンの活動支援をお願いしたいですが、自分の日常活動の中でできれば、「オランウータンに関するイベント」に取り組んで頂ければと願っています。

もうひつとは、パパームオイルの農園開発の為にオランウータンの住処の森が消えています。日常の生活でパームオイルはさまざまな分野で使用されています。

お菓子、スナック、パン、化粧品、シャンプー、揚げ物の油、マーガリン、ペンキなどですが、パームオイルを使用しているこれらの商品はオランウータンの危機的な状況にもつながっていることもイメージして大切に使っていただきたいと思っています。

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パームオイル農家でとらえられていたオランウータン

 

感動した小学生からの手紙

感動させた小学生の手紙について

 

・子供たちの感想の中で、特に印象にのこっている部分

これまで何通かの子供さんからのお手紙をいただいていますが、子どもならではの素直な感性あふれる内容で「頑張らねば」と気持ちを新たにさせられます。

今日お持ちしたお手紙は、かなり以前に長崎大学の教育学部付属小学校で初等教育研究会の発表会として行われた参観授業で150名の先生が参加されて行われた授業でオランウータンの紹介のDVDを鑑賞したあとの子供たちの声を届けていただいたものです。

5,6年生の16名からの内容で、「オランウータンと森の未来を守るために」というテーマで書いていただきました。

印象に残っているところは、それぞれに現状の森の破壊やオランウータンの悲劇、人間の在り方など的確にとらえて、将来大人になってからの活動に夢につなげて書いてくれているところが素晴らしいと感じました。

・日本の子供たち(大人も)に何を知ってほしいか、どう関わってほしいか

子供たちには、オランウータンの悲劇の現状を通じて、現実に起こっている地球環境の破壊の問題について知ってほしいと思っています。

そして、それぞれの子供たちが自分の将来に果たしたい役割を見つけてくれることを願っています。

Orangutan2_468x619オランウータン画像①

オランウータンの支援活動を始めたころの苦労話など

・はじめたころの苦労話など

わたしたち人間のエゴにより、劇的に減少を続ける熱帯雨林をこれ以上減らないようにしたい、「熱帯雨林を保護し、植林により再生をしたい」という想いがあります。オランウータンはその被害者の象徴的な存在なので、より多くの皆さんに気づいてほしいと願い活動を始めました。

もともと自分の身の丈にあった支援しようと思って、2003年にNPOを設立しました。専従的な人材を投入して寄付をしていただける方や企業を募りましたが、力及ばず、あまり多くの支援を頂くことが出来ませんでした。

支援が少ない中で専従のスタッフも維持できない状態になりながらも今日まで13年余り続けてこられたのは、結果的には多くの皆様のご支援を頂けたおかげだと思っています。

この活動の背景には、昔自分がサラリーマン時代にオランウータンの住処の熱帯雨林を伐採して彼らを追い出してしまったという後悔の念があります。ですから、この活動で苦労を感じることはありませんでした。

ただ、オランウータンを追い詰めた経済優先の人間活動の代償として、オランウータンが追いつめられていることを継続的に正しく伝えることの難しさを感じ続けています。

・BOS日本がどんな活動をしているのか

現在14か国にあるインドネシアの世界最大の霊長類・オランウータンの保護団体を支援する団体のひとつです。一言でいえば「オランウータンの現状を日本国内で伝えて、支援者を増やし、寄付金をいただいてインドネシアの本部に資金提供をする活動」です。

オランウータンについての情報発信をして、啓蒙活動をするにも人材不足や継続的に参加してくれるボランティアの確保など難しい点があります。

他には、身近に知っていただくためにリハビリセンター現地訪問ツアーを原則的に年に一度ぐらいンペースで実行しています。実際に現場を訪問して、身近にオランウータンをみて感じていただく他では得られない機会なのでもっと回数をふやしてゆきたいと願っています。

現地の状況報告を適宜伝えて、日本の皆さんに一人でも多くの理解者、支援者を獲得するように努めています。

オランウータンは彼らの生活の中で熱帯雨林の植生の適正分布にも貢献して、生物多様性の維持に大きな貢献をしています。地球生命の原点のような問題ですので、若い方に引き継いでもっと力強い活動にできることを 願っています。

 

サンボジャのオランウータン2013年11月サンボジャのオランウータン2013年11月

活動のきっかけとなった「紙」のはなし

・そのきっかけに関係する紙とは?

そのような中で1999年1月に施設を訪れたときに、これまで以上のオランウータンが約1m×1m×1.2mほどのゲージの中にさまざまな大きさのオランウータンが保護されていました。

聞けば、山火事で森を追われ、行き場を無くしたオランウータンがこのセンターに連れてこられて、保護しているんだということでした。

この山火事をきっかけにオランウータンリハビリセンターの拡大のために組織がかわり、保護施設の場所も変わりました。

当時いたオランダ人の林業省のアドバイザーのスミス氏がベアトリクス女王に協力の申し入れ支援を得て、近隣ヨーロッパ諸国の支援の要請をして10か国からの支援体制ができました。

その時に日本ないからあなた日本で作ってくれないかと要請をされました。自分には他の仕事もあるので、そこまでできないと考えてお断りし続けていたのですが、2002年に要請を受け入れ2003年にNPOボルネオオランウータンサバイバルファウンデーション日本を設立しました。

・その「紙」にまつわるエピソードは?

BOS日本の代表としての任命書を現地団体から受け取りました。あなたはこれまでオランウータンの支援を続けてくれたんだから、これからも引き続きオランウータンの支援をしてほしいとオランウータンの保護施設の設立時からの代表ピーターカルソノ氏に出会うたびに熱心に口説かれて、オランウータンの支援活動について何の構想も展望もなく受け入れてしまいました。そして、2003年6月3日に正式に日本の特定非営利活動法人として登記設立をし、今日まで13年あまり支援活動を続けています。

(FM東京2015年11月13日放送 Love Tree未来の杜より)

オランウータン支援のきっかけは?

◆活動のきっかけ

独立した時は、これからの人生「木材」や「林業」にかかわる仕事じゃない分野で活動したいと考えて、人の健康に役立つ仕事として「観葉植物」や「自然由来のサプリメント」の販売を行っていました。7年目の1996年に以前のインドネシアの合弁会社の社長から電話で「インドネシアに遊びにこないか」とお誘いをいただきました。

その時にインドネシア東カリマンタン州のバリックパパン市郊外にあるオランウータンのリハビリセンターに案内されました。

「オランウータンのリハビリセンター」というものがどのようなものなのか全くイメージができませんでした。

そこはインターナショナルハイスクールの子供たちが街でペットとして売られている子供のオランウータンをみて「かわいそうだから森に返してあげようよ」と先生に話、その後父兄と先生が中心になって林業省と交渉し、地元の企業から資金的な支援をもらって開設した「オランウータンを自然復帰させるための保護施設でした。

この時感じたのは

森を壊して、オランウータンを追い出した自分は何もしていないのに、オランウータンの加害者でない「子供たち」がこのような活動をしている。ひとりの大人として恥ずかしい想いがしました。

何か自分にできることはないかと考えて、

何がたいへんですか?

と責任者の方に聞いたとき、運営資金の獲得がたいへんだということを聞きました。

それ以来、自分にできる範囲の支援をしようと想い、年に2回ほどお金をもって現地を訪問していました。この活動を振り返れば20年続けています。

(FM東京 2015年11月13日 放送 Love Tree 未来の杜より)

PLAZA CREATE Digital Camera
PLAZA CREATE Digital Camera

東京FMの番組~Love Tree~未来の杜~出演のトークから

・どのようにして今の活動に携わるようになったのか?

◆背景

前職で森林伐採現場の責任者として働いていたときに、ジープで巡視中に切り倒された木の上に親子のオランウータンがいました。

ジープが通りかかれば普通の動物は逃げて行きますが、その時のオランウータンは逃げないで、わたしを憐みの眼でじっと見て、「あなた方人間はこんなことをして、いつまでも続かないことを悟らないと」と言っているようでした。

※オランウータンから頂いた初めてのメッセージです。

この時は29歳ですが、その後も前職を1989年に退職して独立するまで、13年余り続けていたのですが、このメッセージは心のどこかにいつも残っていました。

2015年11月13日放送分から

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オランウータンを自然復帰させたい~あなたも加害者?~

絶滅危惧種

「オランウータン」を自然の森に還す

私達BOS日本は2003年より森を追われたオランウータンを保護し、訓練をするインドネシアの団体「ボルネオ オランウータン サバイバルファウンデーション」=BOS財団の支援活動をしています。

「自然の森」に生存できない「オランウータン」は日本の商社や林業会社による森林伐採そして大きな木のないエリアにパームオイルのプランテーションが開発されています。1960年代後半から年々大規模な森林破壊が進み住処を追われ続けています。

BOS財団では、2010年末に全世界の皆様のご支援によりオランウータンの自然復帰のための森林86,450の保護管理権を政府より獲得して、この森にオランウータンを還す活動を進めています。次世代にもこの種の保存を進めるためにも、熱帯雨林の生物多様性を維持するためにも、私たちもオランウータンの住処、熱帯雨林を壊し、今もパームオイルの使用を通じて間接的に彼らの住処を壊し続ける日本人としてオランウータンの自然復帰の支援活動を行っています。

木材を使ったり、日常生活でパームオイルを使っている私たち日本人は、抵抗できないオランウータンを追い詰めていることを知り、パームオイルは極力消費しないように心掛けることから始めてほしいと願っています。オランウータン画像②ehon1

 

国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧種として 分類されているボルネオのオランウータン自然復帰の目的は

(1)保護の実態と、保護のされていないものの生態についての情報を提供すること (2)他の絶滅危惧種の生態系の健全さと持続性を維持すること (3)適切、安全な生息についての認識をすること (4)自然保護や温暖化ガスの削減にとっても関連ある責任があること (5)生息域の保護について民間レベルと共通の認識で取り組むこと などがあります。