申し訳ありません。オランウータンの支援活動を休止いたします

1997年7月に
インドネシア東カリマンタン州のバリックパパン市郊外のワナリサットにあった

オランウータンのリハビリセンターを初めて訪問した時から20年余りになりました。

この間さまざまな個人の皆さんや法人の皆さんにご寄付をいただいたり、

会員として支援をいただきこれまで支援活動を続けてこられたこと

心より感謝申し上げます。

現地側も当時はバリックパパン オランウータン サバイバルソ サエティーという

団体でしたが、その後2003年に現在の財団に改組されました。

現在まで継続して支援活動を行ってまいりましたが、根本的な部分で人的、経済的に支援

をつづけてきました(株)ビーボコーポレーションの事業の縮小のなかで

苦しい運営を強いられてまいりました。

この4年余り他の一般個人や企業から十分に活動資金と人材が得にくい状況に陥っており、

存続について腐心してまいりましたが、引き継ぐべき資産もない状況で、

後継に継承していただくことも困難と判断し活動を休止することいたしました。

オランウータンを取り巻く環境はますます困難になってきておりますが、

BOSインドネシア本部が政府にも後押しされて、

これまで以上に自然界へのリリース積極的に取り組んでおります。

オランウータンの保護の問題が解決したわけではありませんので、

休止は断腸の思いですが自身の体制を立て直すために已む得ない決断を

させていただきますことご報告させていただきます。

なお、今後は「オランウータンの森づくり」につきましては

別のNPOアジア植林友好協会に引き継ぎます。

その他の部分は、一個人としてできる限りオランウータンの

支援にはかかわってまいる所存でございます。
(今後は NGO BOS-Japanとして)

長い間にわたりご支援をいただきました

すべての皆様に心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

BOS日本 宮崎林司

オランウータンの森づくり~山火事後の植林3回目実施~

12月9日から15日までNPOアジア植林友好協会の植林体験ツアーのなかで、12日~13日にBOSのサンボジャ施設に行き、オランウータンの森づくり植林も行ってきました。

日本からの参加者は8名で100本を実行してきました。対象地はこれまで2回に続きの被災地です。

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途中でオランウータンの訓練用のオランウータンアイランドのオランウータンを見て現場に向かいました。

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メランティ、カポール、イエローメランティー、ドリアンなど7種の将来主木に育つ樹種や実をつける樹種などをブッシュの中に植えました。

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ここは昨年東カリマンタン州で発生した山火事で類焼被害を受けたオランウータンのリハビリセンター保有地の森に再生のための植林を続けています。

まだまだたくさんの面積の再生が必要で多くの皆さんの支援を必要としています。

オランウータンの森植林体験ツアー参加者募集中

Readyforのクラウドファンドで賛同者を呼び掛けて、サンボジャオランウータン保護施設の山火事被災場所の再生植林の資金を募りましたが、残念ながらあと少しで目標額に届かず資金集めができませんでした。

そのために被災したエリアの植林支援ができない状態となっています。今回NPOアジア植林友好協会主催のインドネシア植林ボランティアツアーのときにツアー参加者の皆さんと植林をしたいと考えて、現在ツアー参加者を募集しています。

http://www.agfn.org/project/bali_fes.html

オランウータンの保護施設に宿泊して、減少し続ける熱帯雨林の実態を見て感じていただき地球の未来、子供たちの未来を考えてみていただければと願っています。

6.BOS自立訓練②細はリンクをご覧ください。申し込み締め切りは11月8日を予定しています。

スブルのジョンが気にかかる

1996年にはじめてワナリサットのオランウータンの保護施設を訪問しました。その時以来ゲージの中に保護されている「ロミオ」という名前の大きなオランウータンがいます。

2009年11月の久しぶりに訪問したときに「ロミオ」は健在でした。オランウータンはほとんど鳴き声を出さないと教えられていましたが、この時はとても大きな声で何度も声を上げていたので驚きました。

案内してくれた古い友人のカルソノ氏が「宮崎さんロミオはあなたを覚えていて声を上げているんだよ」と教えられました。1996年から毎年2回ほどこの施設を訪問してその都度「ロミオ」を見ていましたが、前回訪問から5~6年たっていたのでオランウータンの記憶の良さには驚かされました。

その隣の折に、さみしそうで、人間におびえを持っているような雰囲気の大人のオランウータンがいました。「カルソノさんあれはなんというう名前絵ですか?」と何気なく聞きました。

あれは「ジョン」だよ、スブルで保護されたんだよ。前回の訪問の時にはいなかったと思うのでこの5~6年の間に保護されたようです。

「スブル?」私が伐採にかかわっていた地区の名前です。以前はジャングルが川岸までありましたが、今ではパームオイルの農園になってしまっていると聞いています。森に餌がなくてパームオイルの農園に迷い込んで保護されてこの施設に連れてこられたのだと思いました。

写真はスブルの「ジョン」人間が、自分が、彼の生涯を狂わせえて折の中に閉じ込めてしまっている。。。。。そんな印象を受けて心に残っているオランウータンの姿です」。

すべての自然と調和しない人間の生き方は、もう改めないと人間世界も生命の危機的な状況に陥りそうで心配です。

スブルの「ジョン」の姿は本当に衝撃でした。7年前の出会いですが整理しきれない折の中でさみしげで、無口な「ジョン」の姿の今も心に残っています。%e3%82%b9%e3%83%96%e3%83%ab%e3%81%ae%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%b32009%e5%b9%b4

人間は一番偉大な自然である

西洋の思想は基本的に「自然」と「人間」を区別して考えてきました。現代ではもはや遅れた思想の持ち主といわれまますが、この文明の発達を「人間が自然を征服することである」と考えておりました。

この考え方は間違っていることをトインビーという世界の歴史学者などがさまざまな立場から立証しています。東洋では自然と人間を一貫して考えています。仏教の教えに「山川草木国土悉皆成仏」とあるようにすべてが神仏という考えがあります。

この地球上のすべてのものが神様の創造物で尊い存在であるというこの思想が基本にあれば地球環境の問題は解決できます。しかし、人間同士でさえ人種や宗教の違いで差別して争い調和できない状況にあります。

すべての人間が安心、安全な平和な社会を望むなら「山川草木国土悉皆成仏」という基本的な思想を持つことが不可欠です。この基本的な思想があれば、経済活動のために熱帯雨林を破壊して、オランウータンを追い出して平気でいられることはない。地球市民みんながこの思想のもとに生きることを選択すれば平和な世界が実現できる。

絶滅危機のオランウータンの支援を続けながらこんなことを教えられました。

オランウータンの教え

Sanboja 保護施設の森林火災被災現場へ植林協力を!

昨年のインドネシアを襲っエルニーニョはカリマンタン島やスマトラ島に大きな被害をもたらしました。今回はカリマンタンのなかでも中カリマンタンと西カリマンタンが多く被害を受けましたが、東カリマンタンにあるサンボジャレスタリ保護施設の林が約300㌶被害を受けました。

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同施設で保護されているオランウータンには直接的な被害はありませんでしたが、同施設の管理等近くまで火が入り甚大な被害をうけています。今年1月に同施設を訪問した折に被害の実情を知り、少しでも同施設の自然環境を回復させたいと願い「植林」を行いました、その後3月にも訪問して植林を行ってまいりました。

しかし、私どもではBOS日本では活動資金が不足しているために植林もあまり多く貢献できていません。そこで今回、NPO、NGOなどのための資金集めの応援をするプラットフォームであるRadyfor(https://readyfor.jp/)に明日(6月21日)から挑戦することになりました。

オランウータンの保護施設「サンボジャレスタリの火災被害を受けた森の再生に資金協力をお願いします。「オランウータンの明日は、私たち人間の明日です」

次世代のより良い自然環境を残すためにもご協力をお願いします。             6月21日から 始まりました。

よろしくお願いします。https://readyfor.jp/projects/orangutan

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今度は、中カリマンタンでオランウータンを保護

2016年6月9日
6月1日、中央カリマンタンとBOSF Nyaruメンテンの天然資源保全機構(BKSDA)から合同救助チームが中カリマンタンPulang Pisau県Bereng Rambang村で女性のオランウータン経年4-5ヶ月の赤ちゃんを救出しました。

この子は「MEMA」と命名された女の赤ちゃんは、ひどい状態で中カリマンタンのナユルメンテンオランウータン保護施設に来ました。彼女は体重が2.3キロしかありませんでした。
「MEMA」は森林火災で焼き尽くされた泥炭エリアで薪を探していた地元の村人によって発見されました。地元の村長に届けられて、Nyaruメンテン保護施設に報告されました。

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救助隊は4時間の旅の後、村長のIin氏の家に到着し、うめき声をあげて、弱っていて、段ボールのボックスのなかで横たわる「MEMA」を見ました。         このような悲劇的な光景でした。

Nyaruメンテンからの獣医は、慎重に彼女を運んで中央カリマンタンBKSDAから獣医の援助を受けて彼女を調べました。

保護施設の獣医博士Maryos、MEMAを調べたところエアライフルからのものであると疑われる傷がMEMAの右腕と胴体と腰に傷があることがわかりました。                             悲しいことに、これらの創傷のがあるということはMEMAの母親は森林で打たれて殺されたことを示しています。

MEMAは、完全な検査を受け検疫のために次の2ヶ月間過ごすことになります。現在はNyaruメンテンオランウータン  保護施設の、弊社の集中治療室で現在あります。

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オランウータンの赤ちゃんがまた保護されました

インドネシア東カリマンタン州ペナジャムパサール県で地元住民に変われていたオランウータンの赤ちゃんを保護しました。(5月20日国際絶滅危惧種デー)

救出されたのは2歳前後の男のオランウータンです。かなり長い期間地元民に監禁されていましたが、人間に対する恐怖感をもつことなくいい状態で飼育されていたようです。2016.6BOSF3

「セルジュ」と名付けれて、サンボジャリハビリセンター(BOSF Sambojaレスタリ)に収容され医療チームとベビーシッターに引き取られました。セルジュは大変健康であることが最初の検査でわかりました。今後、彼は彼が野生のオランウータンに戻れるようにさまざまな方法を学びリハビリ訓練を受けます。

このオランウータンリハビリセンターでは他のオランウータンと同様、「セルジュ」は、総合的な健康診断を受け、検疫期間をへて訓練に入ります。この間は同センターの専用のベビーシッターによって世話をされ、ビタミンを与えながら医療チームの定期的な検診を受けることになります。

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Sambojaレスタリクリニックで、セルジュは、私たちのベビーシッターによって彼に提供されるすべての果物を食べ、よく飲んでいます。

 

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自然界への復帰させる活動にしながら一方では親を殺されてペットにされているオランウータンを保護する必要がある人間社会の在り方が問われています。

 

オランウータン保護活動の背景

インドネシアでは、1960年代後半からの日本を初めとする諸外国の過剰な木材伐採により、 熱帯雨林が破壊されました。
熱帯雨林の樹上を棲家にする「オランウータン」の森も例外なく伐採されました。

さらに伐採された林地では焼畑が行われ森林火災も発生し「オランウータン」の棲める森林の環境が失われました。

山火事で森から追い出された「オランウータン」やペットとして売買された子供の「オランウータン」を 取り戻し森に逃がしてやるだけでは生きてゆけないということでした。

「オランウータン」は生後7~8年間は母親のオランウータンとともに生活をして、餌の採り方や木登りの仕方、 巣の作り方などを学びます。

子供のうちに母親と離れてしまうとこの教育を経験していませんので「ジャングルに戻す」だけでは生きてゆけないのです。

保護されたオランウータンを人間の女性が教育訓練をして、「オランウータン」が自立生活ができるようになった段階で 森に返してやるという活動をしていたのです。

「オランウータン」に何の危害も加えていない人たちが、懸命の保護活動をしているのに、過去に「オランウータン」の 棲家を伐採した人間として、彼らに何もしていない自分を恥、何か自分にできることはないかと考え 寄付を始めたのが1996年です。

その後、2003年1月にインドネシア共和国、林業省、自然保護局長と バリックパパン オランウータン サバイバル ファウンデーション(財団法人BOSF)理事長より、 ヨーロッパの諸国10ヶ国で支援団体が出来ているが、日本には無いので世界11ヶ国目のオランウータン保護活動を支援する 団体を作ることを任命・要請・され、東京都知事認可の特定非営利活動法人ボルネオ オランウータン サバイバル ファンデーション 日本 (BOS-Japan)を設立(2003年6月16日)し現在まで地味に支援を続けています。

現在の国別の支援は2016年BOS日本報告書の裏面にに記載の国々に変わっています。
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昨年のFM東京の番組で「LOVE TREE}未来の杜で

OUmombaby2 ・どのようにして今の活動に携わるようになったのか?
◆背景
 前職で森林伐採現場の責任者として働いていたときに、ジープで巡視中に切り倒された木の上に親子のオランウータンがいました。
ジープが通りかかれば普通の動物は逃げて行きますが、その時のオランウータンは逃げないで、わたしを憐みの眼でじっと見て、「あなた方人間はこんなことをして、いつまでも続かないことを悟らないと」と言っているようでした。
※オランウータンから頂いた初めてのメッセージです。
この時は29歳ですが、その後も前職を1989年に退職して独立するまで、13年余り続けていたのですが、このメッセージは心のどこかにいつも残っていました。
(2015年11月13日放送)
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